眠れる言の葉

子供も6人もいれば、性格もそれぞれ、見事に違うものです。

 

育てるのに、どんな子が樂だったかと言えば。。

「要求をはっきり 口にする子」

反対に、要求を表に出さない子には、ついつい我慢をさせたと思う。

その時は、分からなかった。

 

一昨日、三女と諍いになり、言葉の応酬をしているうちに、お互い誤解があるのに気がついた。

何せ、わたしたち、二人とも、口が重いのです。

 

それでも、言葉にして語った分は伝わったのか、次の日、素直に謝ってくれた。

それは、やはり嬉しいものです。

 

この娘は、一年ぴっちり母乳で育てた子でしたが、その密接感も彼女の記憶の中にあろうはずもなく。

どちらかというと、デザインや制作で自己表現をするタイプ。

そして、私はと言えば、忙しない家事、家族の世話をこなすこと、体現すること。

それだけが私の主張だったのかもしれない。

 

今日、横浜から東京に向う電車の中。

外の風景を見ながら思った。

長い間、どれだけ言葉というツールをなおざりにしてきたことか。

口から出せず、しまってきたことか。

 

車窓のドンドン過ぎていく風景は、そのまま私が見過ごした時の流れでもある。

 

胸のうち、奥深くの湖に、さざ波をたてよう。

そうして、水底から上がっておいで、眠れる言の葉たち。

もう魔法は解けたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

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